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コーチング 居酒屋コーチの独り言



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2010年11月8日 育てるコーチング

千葉ロッテオリオンズが優勝しました。
バレンタイン前監督の下でじっと我慢して、選手を育ててきたようです。
キーワードは「和」。
ですが、育った選手はMLBに行きたいと言っているようです。
それも好いじゃないですか、そこまで自信を持っているんですから。

会社の成長も、人を育てることで達成されます。
商品・サービスを扱うのは人です。
例え、その商品・サービスが競合ライバルに優るものだとしても、扱う人によって売れる量やリピート度合いは異なってきます。

ですから、顧客に支持される人を育てられなければ、会社の繁栄・存続はあり得ません。
      一人ひとりの持っている個性を生かしながら、その会社のアイデンティティを体現できる人を育てることが会社を成長させることにほかならないのです。
人が発するアイデンティティと商品・サービスとの相乗効果でブランドが造られます。
ブランドが構築されれば会社の市場における存在意義は高まるのです。
そこに、コーチングは役に立ちます。

さて、
みなさんの会社では、人を育てる制度や組織をどのようにされるのでしょうか?
人を育てる会社の風土についてどのように考えていますか?


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2009年8月7日 きくとコーチング

コーチングはコミュニケーションを通して問題解決を図るので、クライアントの話をよく聞かなければなりません。ということで、きくことにはちょっと拘ります。

「き(聞)く」には、「きこえてくる」「ききとる」「質問する」「臭いをかぐ」「味わう」などの意味がありますが、一般的によく使われるのは聴覚に関わるケースです。
つまり、耳に自然に入ってくる音を感じたり、その中のある音に意識を集中して感じ取ったり、あるいは、答えを期待して質問したりする時によく使います。
さて、音をきくのは耳ですが、人間の耳という器官には、実際に耳に入ってくる音の中からある音だけを選り分ける能力があります。耳という器官の能力と言うより脳の能力でしょうが、何れにせよあります。

つまり、聴覚には音を選り分けるフィルターが備わっているということです。
このフィルターが、時に悪さをします。
あるがままに聞こえるのではなく、聞きたいように聞こえてしまうのです。
聞きたいように聞いてしまうことで、誤解を招くことも多く、大事(おおごと)になることさえ稀ではありません。

でも、このフィルターがないと、頭の中はありとあらゆる音が鳴り響き、都会の雑踏の中では音に押し潰されてしまいます。
それでは、たくさんある音を出来るだけありのままに聞くにはどうすればよいでしょうか。
それには、様々なフィルターを自在に掛けかえられれば好いのです。
自然の音は聞かないで、ある人の音だけが流れるフィルター。
人工的な音は通さずに、風や生き物の声だけを流すフィルター。
あるテーマのことについては良く聞こえるフィルターなど。
様々なフィルターを持っていて時と場合に応じて掛けかえるということです。

これら様々なフィルターを身に付けるには、スキル面と精神面での鍛錬が必要です。
もちろん、健康を保ち耳という器官を大事にするということは基本中の基本です。
まず、スキル面では、「うなずき」「相槌」「おうむ返し」と「共感」「承認」の言葉を口にする、そして賢い質問をすることです。
人は、「うなずき」「相槌」「おうむ返し」と「共感」「承認」の言葉を意識しながら聞くと、自ずと相手に集中することが出来るものです。
特に「おうむ返し」は相手の言葉をそのまま相手に返す訳ですから、集中しなければ出来ません。
そして、賢い質問とはオープンクエスチョンを多用することです。
評価等を入れない質問で、相手の考えをより深く話して貰う糸口を作る質問です。
こちらを参照にしてください。

次に精神面、つまり聞く側の心構えの問題。
相手の話していることをありのまま聞こうという心構えを持つためにどうするかです。
相手の話に、自分が興味のあることや得になる話が出てこないかと思いながら聞いたり、あるいは、自分の体験や思いを話せるタイミングは何処かと思っている聞いたりする、自分中心に考える姿勢を改めることは当然です。

更に大切なのは、自分の価値観をしっかり持つことです。
価値観とは選択の時の基準になるものです。
価値観がしっかりとしていれば、相手の考えに惑わされる心配はないので、相手をキチンと理解するしようとする心構えでいられます。
こちらを参考にしてください。

最後に、画像の「聴(き)く」の古字について、私はこんな風に理解しています。
「聴くとは、王(帝)が、14の耳を一つにして心で感じ取ること」、つまり政を司るにはたくさんの意見をきくことが大切である。かように、まずたくさんきくことから理解は始まるということです。


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コーチング

2009年5月27日 岐路とコーチング

歩道橋、高齢者や障害者など弱者にとって面倒臭いもの・苦手なものの代表です。
しかし、どうしても無くてはならない必要悪みたいなこともあります。
そんなこともあり、近年ではともかく渡れれば良いやと言った無味乾燥な工業製品のような歩道橋から、緩やかなスロープを持った弱者に少し優しいものや全体的に角のない円やかなデザイン重視のものも増えてきました。
この歩道橋もそういった類の一つです。
合理性を追求した四隅を直角で結んだ“ロ”の字型のデザインでなく、変形“X”字型で構成された橋です。
その結果、橋の中央部に、二股が2ヶ所出来ました。
この二股、分かれ道で行きたい方に向かうわけです。
通常、行きたい方向は事前に決まっていますので、そちらに行くことになりますが、ブラブラと散歩するときなぞは選んだ方向によって体験することが変わって楽しみが増えることもあります。

同様に、私たちが生活していく中でも、分かれ道、岐路には常に遭遇します。
お昼を食べる時に何を食べようか悩むのも岐路です。
おやつに何を食べようか、或いは、おやつを食べるかどうかを選択するのも岐路です。
その選ぶ方向によっては、ダイエットに失敗したり生活習慣病を患ったりしります。
また、進学・就職・結婚・転職・選挙・趣味などという岐路も現われ、人生に大きな影響を与えます。
つまり、私たちは常に岐路に遭遇しどちらに行くかを選択しながら生きているのです。
それでは、私たちは岐路に立ったとき、どういった基準や判断で行く方向を決めているのでしょうか。
お昼に何を食べるかどうかは、一緒に食べるメンバーの意見や懐具合等によって決めますが、進学・就職などはそうはいきません。
やはり、自分の思い、好き嫌いや成績、置かれた環境などの様々な要素を勘案して決めると思います。
つまり、決断をします。
しかしながら、普段の余り気にしない岐路では、決断とは程遠い、知らず知らずにどちらに行こうか決めています。
いや、決めていることさえ意識していないかもしれません。
でも、現実は私たちは何かの基準に照らし合わせて判断しながら無意識のうちに決断しているはずです。
その何かの基準が、価値観なのです。
私たちは、案外自分でも気付いていない価値観をたくさん持っているので、意識しないうちにどちらに行こうか余り迷わず判断できてしまうのです。

ところが、往々にして自分の価値観に従わないで行く方向を決めてしまうことがあります。
他人の声や時流・潮流に乗って決めてしまうのです。
実は、それもその人にとっての(時流の乗るという)価値観に沿った決断なのですが、普段自分の価値観を明確に自覚していないので、恰も流されているかのように感じて不安になってしまいかねません。
そういったとき、私たちは人の意見を聴いたりすると感化されてしまうかもしれないから余り聞かないようにしようとバリアを張ってしまうことがあります。
或いは、自分以外の意見を否定しようとしてしまうこともあります。
その結果、人付き合いが上手くいかなかったり敵を作ったりしてしまい、逆に悩むことも少ないでしょう。

そこで、大切なのが自分の持っている価値観を棚卸ししてみることです。
漠然と感じている自分の価値観について言葉に置き換える作業を通して認識することです。
認識とは、自覚するだけでなく気付いていなかった潜在意識下のものを発見することも含みます。
自分の価値観を棚卸しして認識できていれば、それを強化することもできますし、場合によっては無くすことも可能でしょう。
そうやってシッカリと価値観を認識していれば、他人の意見や考え方・生き方を聞いて理解できる心の余裕も生まれます。
つまり、相手のことをより知ることができ、相手の要望なども理解できますから、交渉においてでも、お互いの要望を実現するWin/Winの関係を築くこともできます。
もちろん、普段の生活の中であまた遭遇する様々な岐路での決定にブレが少なくなっていきます。
つまり、生き方にブレがなくなり一本筋の通ったものになって来るはずです。
筋の通った生き方は、自分にとってだけでなく周囲にも大きな影響を与えることは間違いありません。
価値観を認識すること、つまり、自覚し発見し育てていくことは、より素晴らしい充実した人生を送れることに直結しています。
コーチングはあなたの価値観の認識するお手伝いもしていきますので、一度時間をとって、自分の価値観について考えてみませんか。


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コーチング

2009年3月10日 医療とコミュニケーション

会社を退職すると健康に関しては自分から積極的に動く必要に迫られます。
てなことで、1月末から先日まで、簡単な人間ドックと大腸内視鏡検査を受診しました。
結果は特に速やかに対処する部位もないようでまずは一安心です。

病気で診察(健康診断も)を受けるとき、最近は事前にアンケート形式の問診表を記入をさせられます。そして、超音波やX線撮影、心電図検査等機器での結果と合わせて、医師に問診されます。
機器の結果の基づいて、コーチングで言ういわゆるクローズド・クエスチョンで問いかけられることが多いように思います。つまり、検査の結果について訊いてくるのです。確かに、検査数値に表れても自覚症状のないケースも少なくないでしょうから、確認する上で訊くことは正しいと思います。しかし、実際には検査数値にも表れないで症状があることも多いと思います。つまり、ほかの原因で症状が出ている場合に触れられないかもしれないということです。
医療は検査の結果を改善するのではなく、その結果に至った要因を排除したり解決することのはずです。もちろん、投薬や手術で要因が取り除かれることもありますが(伝染病や被害にあった怪我など)、多くの病気や怪我は日々の生活習慣や注意不足等の自分に起因するところに真の要因があるものです。こう言った要因を取り除いていくのは簡単ではありませんが不可能でもありません。
そのために、医師側と医療を受ける側双方に、お互いに協力し合って改善していこうという意思を持つ必要があります。そのためにまず、医師側には診察する方の様子をしっかりと観て、申告されていることにキチンと耳を傾けて欲しいのです。そうして得た状況と、検査機器の結果や画像等を照らし合わせて診断して貰いたいものです。そのために、患者や診察される方の緊張をほぐし、この先生(医師)になら何でも話しても良さそうだという信頼関係を速やかに築くことが最初の仕事になると思います。
ただ、医師側だけに頼るのも片手落ちでしょう。エッセイストの岸本葉子氏が、医師にかかるときは、事前に症状についてどういう風に表現しようかよく考え、そして口に出して練習しておく必要があると話されていました。そうしないと医師にうまく伝えることができない恐れがあるからだそうです。
健康は医療によって得るものでなく、自分と自分を取り巻く様々な人と制度等の社会環境によって維持されるものです。自分自身ができることは最大限(と言っても大変なのでできる範囲で)実行したいものです。
現実には病気や怪我等について医療に携わる方の方が圧倒的に知識や経験をお持ちなので、間違いを起こさないような対応術を身につけて貰うことに期待します。総合大病院で何時間も待った挙句に、殆どコミュニケーション無しに診断が終わったという経験もありますし、似た話はいやと言うほど聞きます。是非、医師や看護師のような医療に携わる方たちこそ、クローズドクエスチョンとオープンクエスチョンを上手に使い分けるスキルを身につけ、でき得ればコーチングの手法を学んで、私たちの健康の増進を支援してほしいと思います。


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2009年2月25日 大恐慌とコーチング(2)

昨日、コーチング先進国の米国で、多くの経営者がプロコーチを雇っているにも関わらず、誤った方向に向かっていることが是正されずに今日の大不況に至ったのは何故なのかと問いましたが、早速、今日一つの答えが示されました。

それは、米国バラク・オバマ大統領の施政方針演説に、「我々は短期的な利益が長期的な繁栄より重視される時代を過ごしてきた」とあったのです。
コーチングにおいて、長期的な視点つまり将来のゴールを明確にすることは非常に大切です。3年後・5年後どうありたいか問いかけことからコーチングが始まると言っても過言ではありません。
しかし、遠い将来だけでは実行に結びつき難いので、もっと近い未来や短期的な観点にも焦点を当てます。気をつけなくてはいけないのはここです。コーチも今後の契約等を考え(まさしく短期的な利益です)眼に見える成果を出そうと考えてしまいます。結果、本来のゴールでない着地点を見据えたコーチングに走ってしまうことになります。
ビジネスコーチ(パーソナルコーチ)は、時系列も含めた様々な視点からクライアントに気付きを与えていくのが役割なのですが、つい目の前の成果ばかりが気になり、近視眼的な気付きにウエートを置いてしまい、今回の未曾有なる不況を招く片棒を担いだことになったのだと考えます。

他山の石として教訓にしなければなりません。


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2009年2月24日 大恐慌とコーチング

元NHKの平野次郎氏の講演会で氏が奨めていたので読んでみました。「シンス・イエスタディ」という書です。F.L.アレンという学者が1939年に出版していますので、第二次世界大戦直前までの大恐慌からの10年間を様々な視点から淡々と描写されています。

巷間言われているように、確かに今回の景気後退は1929年以降の大恐慌に酷似しています。金融業に関しては本当に酷い状況だったようなので、今後は似たような動きにならないで欲しいと祈るような気分になりました。読みながら、当時と現在の異なるところが必ずどこかにあり、1929年の世界大恐慌のようにならない根拠(拠り所)が見つかるはずだと思いながら読みおわりました。

そんな中で、今回の不況と当時と大きく異なる(だろう?)のは、自動車産業の動向です。当時、米国でも自動車の普及率はまだまだであったので、案外すぐに回復し成長を続けました。当時とは比べものにならないほど自動車が普及している現在の米国においては、グリーンニューディール仕様のクルマを安価に供給されない限り当時のような回復は見込めません。GMをはじめとしたビッグ3には、ハイブリッドや燃料電池車、電気自動車を安価にかつ速やかに供給する開発力はもはや残ってなさそうです。グリーンニューディールに対応できる商品力と開発・供給力を持っている日本の自動車メーカーにとっては追い風ではあるのですが、国家の存立に関わってくる問題が山積している環境においては素直に喜べないのが現実です。

ところで、コーチングの先進国である米国において、何故このようにいとも簡単におかしくなってしまったのでしょう?1929年当時には、コーチングという概念はまだなかったでしょうが、多くのエグゼクティブがプロのコーチをつけているという現代において、誤った方向に向かっていることが是正されずにいたのは何故なんでしょうか?


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2008年12月18日 コーチングとビジョン

コーチングを効果的に進めるには、ゴール(なりたい姿。ビジョン)を用意する必要があります。
ゴールが不明確だと、人は足元ばかりを見つめるようになる傾向が強いからです。
近視眼的になった時の行動に芳しい結果が生まれないことは誰しも経験済みでしょう。
ですから、コーチングでは将来(近い遠いは問いません)の姿(ゴール)を確認することで、実行へのエネルギーを得ながら進めます。

ところが、この書を見る限りこの人にはビジョンが殆ど見えないのです。
この人とは、「財界の総理」と呼ばれた石坂泰三のことです。
石坂は、第一生命・東芝の社長、旧経団連会長、大阪万博総裁等を歴任した経済界での重鎮で、戦後の日本の復興に大きな貢献をした人物です。
官僚から第一生命の移り業界No2に押し上げていくのですが、第一生命がどうありたいとか日本にどういった貢献する会社にしたいというような言葉は出てきません。
東芝や経団連のトップにおいてもそうです。
万博総裁では、国が決めた目標(大変困難な課題ですが)をクリアするように努めただけにも見えます。
石坂が何を目指していたかには関係なく、外部から与えられた目標や課題を力を尽くして処理していっただけのように見えるのです。
確かに、処世術のような自身の身の処し方については流石に大物というところはあります(食生活は見習えませんが)。
もちろん、石坂の周りに大きな影響力を発揮していたのですから、それなりの人格や人徳を兼ね備えていたには違いないのでしょう。
少し若い本田宗一郎や井深大は明らかにビジョンやミッションを持っていたので、石坂がビジョンやミッションを前面に出さずに、その89年弱の生涯で沢山の課題や困難を克服したエネルギーを何処から得たのか不思議に思う居酒屋コーチです。


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2008年11月13日 コーチングと「詩羽」

痛快な本です。
と言っても勧善懲悪的な読ませ物で気分がスカッとするのではありません。

ビジネスコーチにせよパーソナルコーチにせよ、コーチがコーチングを通して実現したいと思っていることをエピソードとして楽しく読ませるからです。
ネタバレになるので詳しくは書けませんが、主人公「詩羽(しいは)」は「あたしに関わった人は誰も、不幸にはさせない」と強い意志で、周りの人を変えていきます。
でも、変っていく周りの人は詩羽の思うようにではなく、変わっていく人が本来なりたいと欲しているように変化していくのです。

詩羽は変わっていくための答えを用意していません。
詩羽と関わることによって、変わっていく人が答えを明確にしていくのです。
そういう意味でコーチングに近いとも言えます(コーチングもコーチのクライアントが答えを見つけ出すからです)。
詩羽と関わった人自らがなりたい状態を明らかにしていって、そうなろうと行動を変えていくのです。
コーチングで得られた回答が、自らを拘束して実現に向けての行動を呼び込むのと同じなのです。

ある登場人物は詩羽のことを触媒と呼びます。
ここを読んで私はドキッとしました。
私は自分のミッションを、「人と人との潤滑油になる」としましたが、実は「潤滑油」と「触媒」どちらにしようか迷ったのです。
触媒にすると、結果的になる物を明示する必要があると考え、人と人との間をとにかく取り持つ存在でありたいと考え漠然性の強い潤滑油にしました(「人と人とが仲良くなる触媒になる」のようにすれば触媒が相応しい)。

この本を読んで、もう少し触媒のように、人と人にどうなって貰いたいかの状態をイメージして行動してみようかなと思った次第です。
もちろん、どうなって貰いたいかは両者の思いからイメージするのですけど。
そう考えれば、私の行動にもシャープさが増すように思うからです。


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2008年10月14日 コーチングとカウンセリング

コーチングを余りご存知の無い方に、コーチングについて説明すると、「あぁコンサルタントね」と言われることがままあります(特に大手企業に方に多いような気がします。案外コンサルティングが身近なようです)。
まぁ似ているところもあるので、「個人向けのコンサルみたいなもんです」と、それ以上突っ込んで説明もしません。
そうすると、カウンセリングとの違いを訊ねられることもあります。
そこまでいくと、正直少々面倒臭い気分になりますが、それは「商売・商売!」と気を取り直して説明をします。
相手は話が長くなってきているので、どうでも好いやという雰囲気が沸々として湧いてくるのが感じられます(やはり話が長いのは百害あって一利なしです)。

そこで、こんなことを言ったりします。
コーチングとカウンセリングの違いの一つに、将来(未来)に焦点を当てるか、過去をフォーカスするかにありますと。
もちろん、コーチングもカウンセリングも将来・過去両方を扱いますが、ウエートの置き方に差があります。
コーチングでは、将来ありたい姿を目指し今からできることを決めていきますので、過去を振り返って現在どのような能力(リソース)を持っているかの確認をすることは少なからずあります。
それに対し、カウンセリングでは今の現状が好ましくない状態なので、そこに到った要因・原因を明らかにしそれを排除する必要があり、過去を見つめることは必須です。

何れにせよ、焦点を絞っていくには、クライアント・患者から聞き出さなければなりません。
その点で、コーチング・カウンセリング両者とも似たようなアプローチを取ります。
効果的な質問をして答えて貰う、ことです。
効果的な質問は乾いた井戸に呼び水を入れるようなもので、上手くいくとコンコンと湧き出てきます。
話が湧き出てくればしめたもので、端的にいえば話せば話すほど解決に近づいていきます。
もちろん、カウンセリングでは話をさせ聞くだけでなく医療的な処方が必要になる場合も少なくありませんので、コーチは手を出せない領域です。

ただ、TV等でもお馴染みの香山リカさんの、「弱い自分を好きになる本」によると、軽度?の患者さんの場合、患者さんに話をしてもらうだけで、全くアドバイスをしていなくても、「よいアドバイスをありがとう」と言われ快方に向かうことがあるそうです。
患者さん自身が心に中のことを話しているうちに気持ちが晴れていくからだと筆者は述べています。
つまり、話しているうちに改善策を口にしたり、心の中で感じたりするからです。
患者さんにとって改善策を手に入れることが大事であって、誰が提示したかある意味どうでもよいことだからです(診療室で手に入れればカウンセラーのお陰だと思うのは普通の感覚です)。

効果的な質問や傾聴の姿勢などで、話がし易い環境を作ってあげること、これがコーチングとカウンセリングに共通する大切なことです。


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2008年9月3日 2:8とコーチング

もう旧聞に属しますが、日本は金9銀6銅10の25個のメダルを北京オリンピックで獲得しました。
前回のアテネ、金16銀9銅12の37個には残念ながら及びませんでした。
これについては、色々な課題が残されたようです。
私達、コーチの出番もあるように思います。

ところで、今回の五輪では総数958個のメダルが授与されました。
そのうち28ヶ国で80%を獲得しました。
参加国家・地域が204ですので、上位14%弱の国家に80%、上位20%の国家に9割のメダルが授与されたことになります。
また、メダルを獲ったのは87国家・地域で、57%の国家・地域は全くメダルを手に出来ませんでした。
つまり、メダルの獲得はある国家に偏在したということです。

世の中は、このような偏在が殆どです。
資源にしろ、国土にせよ、人口にしろ、富にせよ何でも公平には分布していません。
20世紀初頭のイタリアの学者パレートが、こう言ったことを「パレートの法則」と呼んで発表しました。
法則と言いますが、数学的に証明がされるような法則でなく経験則みたいなものです、2割の何かが、8割の違う何かを占めてしまうと言う経済界には多いと言ったのです。
ですから、「2:8の法則(原則)」などともよく呼ばれます。
例えば、「2割の商品の売り上げが、全体の売り上げの8割を占める」・「2割の納税者が、税額の全体の8割を収める。」と言ったような例です。
飽くまでも、2と8はざっとなので、今回のメダルも2:8の原則が当て嵌まっていると言ってよいでしょう。

ですから、資源や国土はともかくとして、富に関しては2:8以上に偏在すると、自然的でなくなり是正を政策的に施すか何かをしないと恐らく問題が生じると考えるべきなのです。
米国や共産国(現・旧)は、ジニ係数(富の偏在の度合いの指数)を考えると偏在が激しく、問題が内包されていると考えられます。
また、会社で働いている社員の2割が8割の影響力を行使しているという言い方もしますので、2割が優秀で8割が普通(たまに、6が普通2がダメと言ったりします)と思いがちですが、そうではありません(全体が2割と8割に分かれるという意味ではない)。
仮にその2割だけの集団で会社を作ったらさぞかし凄い会社になるだろうと想像しますが、実際はその会社も2割が8割の影響を及ぼすように、2:8の法則が効くと言われます。
つまり、どんな集団も2割が上手く影響力(リーダーシップ)を発揮すれば、8割は力を発揮するということなのです(2割が負の影響力を発揮してしまうと、8割は力を出さないとも言えます)。

翻って、コーチングで、2:8を考えてみましょう。
コーチングに要する2割の時間や、コーチングで掲げるテーマが、コーチングでの全体成果の8割に影響していると考えることが出来ます。
逆に考えると、コーチングでの8割の時間や掲げるテーマは影響力が小さいと言うことです。
ただ、2:8は飽くまでも結果で考えるので、事前に2割の部分を特定することは出来ません。機械でも何でもそうですが、「遊び」が必要なように、ギチギチとやるのでなく、脱線したようなことでも役に立つと思って取り組むべきだと解釈してみたいと思います。
私の目指す、「居酒屋コーチング」はそんなところにポイントがあると考えていただきたいと思います。
堅く考えずお気軽に居酒屋コーチングをお試しください。


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2008年8月27日 北京オリンピック

北京オリンピックが何とか無事終わりました(何でもそうですが、裏では色々あったようです)。
1972年のミュンヘン五輪のようなことが起きないことを祈っていました。
あの時の恥ずかしいエコノミックアニマルぶりを世界に見せてしまった日本男子バレーチームのことは決して忘れてはいけません。
閑話休題。
五輪は私達コーチにとって絶好のコメントを残すチャンスでもあります。
シドニーで金を獲ったT選手とK監督のような話は、コーチングを宣伝する絶好のネタでした。
逆に、北京に行く前に負傷をしてしまったN選手については、個人コーチだけに頼る弱点を曝け出してしまいました。
ほかにも様々な事例について、私以外のコーチの方が触れているでしょう。

前回、プロ野球のコーチであった高畠氏のことを書きましたので、星野ジャパンとソフトボールについて簡単に触れてみたいと思います。
結果はご存知のように、メダル無しと金メダルでしたが、両チームとも似たようなところが見受けられました。
それは、どんな野球やソフトボールをするチームであるかの、「ビジョン」「姿」が見えなかったのです。
2006年のWBCでは、「スモールベースボール」を目指すと言われていました(王監督がビジョンとして標榜したのかは定かではありませんが)。
そういう点で、WBCのメンバーであったイチローの言動はそれに従っていたように見えました。
今回の五輪では、そういったモノが両チームにも見受けられませんでした。
ですから、各選手は一所懸命努力していましたが、何処に向かっていけばよいか分からず努力が空回りをして、各選手のベクトルが合わず大きなパワーが出なかったように思えました。
五輪は普段の努力が必ずしも通用する場ではないのですから、思うようにいかなかったのは自明の理だったわけです。
特に野球のメンバーは少し前までペナントレースを戦っていたわけですから、チームとしての十分な準備が出来ませんでした。
だからこそ、あるべきチーム像があり、それに対し自分が何をすればよいかを選手に考え込ませるべきだったと思います。
選ばれたメンバーは、「腐っても鯛」なプロ選手です。
起用不器用の差はあっても、それなりの対応力は備えています。
その場面や局面で自分があるべき姿に向かって精一杯の努力が出来る選手です。
しかし残念ながら、私にはそういう努力している風には見えませんでした(ソフトボールも)。
あるべき姿に向かって賢明に努力する様子があれば、結果はどうあれ「よくやった」という気持ちを私達も感じることが出来たはずです…。

コーチングでも大切にしますが、あるべき姿・ビジョンというものを常に持っていたいとつくづく思った北京五輪の野球・ソフトボールでした。

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2008年7月29日 バッティングコーチング

今年初めに放送され感動したドラマ「フルスイング」の原作本をようやく読むことが出来ました(ドラマでは高橋克実が好演)。
図書館に予約して半年経ってやっと借りることが出来たのです。

本についての感想はこちらを参考にしていただければと思いますが、主人公「高畠導宏」氏は30年間プロ野球の引く手数多の打撃コーチとして活躍していた人物です。
しかし、一念発起し59歳にして高校の先生に転進し、プロ引退後は2年間アマチュアを指導出来ない縛りの明けを待ちましたが、志半ばにして病に倒れこの世を去ります。
高畠氏の打撃コーチとしての指導(名は体を現すと言いますが、「導」の文字が正しくです)は、私たちビジネスコーチやパーソナルコーチの見本とするべきもののようでした。
プロ野球には極く普通の見識しかない私には、コーチ陣の活動については殆ど知りませんし、現役時代(高畠氏も南海ホークスで代打生活が少し)が有名でなかったコーチについては、全く興味が湧きませんでした(情報もありませんし)。
当然、高畠氏についても全く知りませんでしたが、野村再生工場での裏方を務めることを始めて、多くの球団で選手の力を引き出した有名なコーチであったそうです(指導した中には首位打者を獲った選手もいます)。

高畠氏のコーチングの手法は、指導をする選手に合わせたテーラーメイドのやり方を一人ひとりに実施するコーチングの基本そのものです。
そして選手自らが申し出て来るまでは、そのテーラーメイドの指導は行わないのです。
選手が高畠コーチに打撃の向上を目指したい、スランプを脱したいと言ってきたら初めて、様々な工夫をした練習法を編み出し指導していきます。
コーチとして選手をこういう風にしたいという思いではなく、選手自身の思いを実現するために支援をするというコーチの基本姿勢を貫き通したのです。

球団からは「これこれを、いつ何時まで」といった目標値が提示される厳しいプロの世界ですから、コーチ自身の思いを捨て(表に出さず)、選手が求めて来るまで動かないというのは物凄いストレスを受けることだと思います(それが、「しまった」と本人に思わせる癌につながったのかもしれません)。
ましてや、打撃のセンスは超一流で確固たる打撃理論を持っていたとされる高畠氏ですから。
かたや選手も才能溢れバッティングについて一家言ある猛者?も少なくないはずですから、いくら球団がコーチと決めたからと言っても、必ずしも素直に従うわけではなかっとと思います。
そんな選手がこのコーチを信じてみよう、ついて行こうと思わせる何かを高畠氏は持っていたのではないかと私は思います。
実はそれこそ(所謂「背中を見せる」)が、高畠コーチの優れたコーチだった所以だったと思います。

さて、私はそんな背中を持っているんだろうかと思うとちょっと(かなり!)不安になります。

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2008年7月11日 セルフコーチング

私たち日本人の多くは、こういった観音さまのような仏像やお社の前に立つと、思わず願い事をしてしまいます。
通常は、家内安全や健康・金運・学業・就職・縁談等々たわいのないことを祈って、あとは忘れて神頼みにしてしまいます。
でも、ご自宅の仏壇の小さな仏像や神棚(我が家にはもうありません)に前では、もっと具体的なことを口にされる(心の中で唱える)方も少なくはないのでしょうか。
ただ、所詮はいわゆる神頼みですから、漠然とあって欲しい姿やなりたい姿、即ちゴールのみを口にすると思われます。

それでは、ゴール実現のために、「今日は、○○します。そのために□□をしよう」と口にしたらどうなるでしょう。
朝であれば、今日一日の行動の宣言になります。
ここで口にしたことが頭の片隅に残っていれば、何か判断するときの拠り所になります。
例えば、「もう少しダイエットするために、今日のお昼のカロリーを抑えよう」と口にしていれば、食べ物屋さんの前で、何時も以上にカロリーのことを意識するはずで、カロリーのセーブが図られるでしょう。
ただ、漠然と「ダイエット出来ますように」では、ついつい行動は先延ばしされてしまいます。

こう言った自分自身に語りかけ行動に結びつけることを、「セルフコーチング」と言います。
実際には、もっと複雑に行うことで効果を高めることも出来ますが、まずは行動レベルを具体的に口にすることで十分に実行に結びつけることが可能です。
それでも、毎日口にすることが出来れば、1年365日あるのですから、随分と実行が進むはずです。
全てのことは、小さな一歩から始まるのですから。

まずは、始めてみましょう。

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コーチング

2008年6月29日 ゴールとコーチング

3月8日の記事でゴールの話をしましたが、コーチングでは必ずゴールを設定します。

ゴール大切さと強さを、須川邦彦著「無人島に生きる十六人」でご紹介しましょう。

船舶事故で遭難し孤島で生き残った16人の話ですが、リーダーの船長がはっきりとゴールを示し、それに従うことで4ヶ月間生き伸びる実話です。
今より実に100年以上前、日露戦争前の明治32年(1899年)の話です。
太平洋のミッドウェー島近くの珊瑚礁海域で座礁し乗組員全員16人が、飲み水も殆どない孤島に何とか上陸します(詳しくはこちらでお読みいただけます)。
ここで船長は、「いつかきっと、みんなそろって、日本へ帰れる前兆にちがいない。これから島へ行って、愉快にくらそう。できるだけ勉強しよう。きっとあとで、おもしろい思い出になるだろう。みんなはりきって、おおいにやろう。」と乗組員に話します。
船が座礁し壊れ伝馬船一杯しかなく、現状では日本に帰還する術のない状況をしっかり認識して、「絶対に日本に帰ろう」とは言わないのです。
そうです、容易ではありませんが、現実的なゴールを設定しました。
何年も島で生活するんだ、叡智を集めて人間らしく暮らしていく。
そうすれば、何れは救助船が来るかもしれない、船も近づいて来るかもしれない。
こうして、生きて日本に帰るという最終的なゴールと、それまでの道筋を明確にして、メンバのモチベーションの維持を図ったのです。
ゴールや目的がはっきりすると、あとは知恵を持った乗組員ですから、釣り針作りや網作り、小屋作りに水作りに塩作り、はたまたアザラシまで飼い慣らすなど、出来ないことが無いくらいこなしていきます。
生活も悲観的なことを考えないように規律正しくしていきます。
そして、実際には何年にもならない4ヵ月後に通りかかった日本船に救出されます。
が、その時でさえも、その船の目的を優先して、飲用水のある島に移してくれれば、その船の目的を果たし日本に戻る時まで待つとまで伝えるのです。

「何としても日本に帰ろう」ではなく、「島で愉快に暮らし勉強していこうという」ゴールと目的が、如何に人を強くし人間的にしているかが、この本から読み取ることが出来ました。

みなさんは、ゴールと目的をきちんと持っていますか?
持っていることがあなたを変えていきます。

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コーチング

2008年6月1日 世界観を変えるコーチング

星出彰彦さんが日本人6人目の宇宙飛行士として飛び立ちました。
ミッション(指令)の達成を祈りたいと思います。

宇宙に行くと世界観が変わると言います。
確かに、地球の丸い姿を目の当たりにすれば変わると思います。
かように、人の世界観は変わるものです。
それも案外ちょっとしたことで(宇宙に行くのはちょっとではないですが)。

世界観とは、価値観の一つと言ってよいでしょう。
価値観が変化すると人は行動が変わるものです。
コーチングは、価値観を変えるとまでは言い切りませんが、見方を変えることでもあります。

私たちは多かれ少なかれ、何がしかの色の付いたレンズを通したり、必ずしも平面でない鏡に映して社会を見ています。
そして、それが真実であると信じ切って、判断し行動するしていることが少なくありません。
コーチングはそれが本当に真実なのかを確かめながら考えて貰います。
それに疑問を感じれば、その瞬間から社会の見え方が違ってくるので行動に変化が現れます。
つまり、結果が多かれ少なかれ変わってくるのです。
これが、コーチングの効果です。

このコーチングの効果を狙って以下のようにしてみませんか。
それは、ちょっと見え方に疑問を感じたら「確認する」というアイデアです。
「私にはこういう風に見えるけど、あなたにはどう見えますか?」と言った確認の質問をする機会を増やしてみることです。
極端な例ですが、米国では夫婦でも「愛してる!?」と気持ちと質問を兼ねたような言葉を常に?発すると言われています。
どちらからか「愛してる」と言われれば、相手も「愛してる」とか何かを返答しなければいけない環境が出来ます。
本当に心から愛していれば、素直に口から「愛してる!」と出るでしょう。
もし、何かわだかまり等があれば、「愛してる」と口から出す努力がいるかもしれません。
それが相手に分からなくとも、自分には分かるはずで、それがどうしてなのかを頭で考えるはずです。
そこで、自分のレンズや鏡の異常(変化)に気づくかもしれないのです(もちろん相手が変わったと思うこともあるでしょうが)。
そうして気づけば、矯正しようという行動も出てくるはずです。
行動が変われば結果は変化します。
「確認する」という行為は、こうした結果の変化のきっかけを作ることが出来るのです。

日本では、以心伝心・ツーカーの仲とか言って、口に出して確認するのは余り美しい行為とは言われて来ませんでした。
それは、ヒエラルキーが厳然と存在して確認し得る環境でなかったり、男尊女卑が強くそんなことを言う必要もなかったということもあるでしょう。
しかし、現代は明らかに環境が変わりつつあります(良いか悪いかは別として)。
というより変わりました。
会社での年功も関係なくなりつつあり、男女差も許されなくなったのですから。
当然、個々人の考えが尊重することにつながってきています。
ですから、自分の見え方をまず伝え、相手の見え方も確認する。
このステップを大切にすることが、判断に間違いが少なくなり好結果を得ることになります。
自分の価値観を確認する。
出来るところからで結構です、やってみませんか?

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コーチング

2008年4月22日 コーチングを活かせる?

3ヶ月弱入院していた母が亡くなりました。
癌末期の衰弱のため、普通の食事が摂れなくなり、歩行も困難になり入院しました。
転移が脳にもあったため、ここ1ヶ月近くは殆ど話せなくなりコミュニケーションが出来ませんでした。
相手から話したいことを引き出すプロのコーチとして、母から十分に言いたいことを引き出せなかったと思うと残念です。

元々、コーチングは病人には機能し難いものです。
外科的要因でリハビリに入った段階であれば、ゴールをはっきりすることが出来るので効果的であると思いますが、容態がどうなっていくか分かり難い段階や精神的に病んでいる方には、コーチングは逆効果になる恐れもあります。

ですから、母にもコーチングを用いることはしませんでしたが、コーチは相手の言いたいこと・裏にあることには敏感でなければなりませんので、母の言いたいことをもっと受け止めてあげられたのではと考えると力不足だなぁと実感しました。
恐らく母は何かを私に伝えようと懸命だったのだろうが、残念ながら私にはよく分かりませんでした。
「何で分かってくれないの?!」と眼が訴えているようにも見えるのですが…
ついつい、ああなの?こうなの?と、「はい」か「いいえ」で答えられるクローズドクエスチョンを多用して問い詰めているような雰囲気になり、お互い?に歯痒さだけが残ってしまいました。

友人がこんなことを言ってくれました。
きっと母は伝えたいことを伝えているし、私はそれを受け止めているはずだと。
確かにそうだと思います。
私がこれから生きていく中で、母が伝えたかったことは何だろうと忘れずにいることが重要なんですね。
それが生かせれば、私は自分のためのコーチングをしたことになるんでしょう。

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コーチング

2008年4月4日 新年度に思う

新年度になり入学式も盛りです。

会社では、鮮度溢れる(野菜じゃないって)な新卒社員も研修を終え、来週から配属というところも少なくないのでしょう。
私居酒屋コーチも、入社式後2ヶ月間工場で現場実習をし、さらに配属先で研修を受けました。
まぁ随分と大事に育てて貰ったものです。
昨今の人手不足(隔世の感がありますね)ではこんな悠長なことは言ってはいられないですね。
てな訳で然したる目的も持たずに、工場の現場で実際にモノを作る作業や現場の人との交流を深めた訳です。
それが現在役に立っているかいないかというと、私居酒屋コーチにはとても役立っていると思っています。
もし、現場での経験がなければ妙に頭でっかちになっていただろうと思いますし、お客さまに近くお客さまが欲する最終品質を織り込んでいる立場の方々が、実は必ずしもカスタマーオリエンテッド(お客さま志向)に案外なれない理由も理解できるからです。
新人研修のほかにも会社に入ると会社内や外部研修など様々な仕事外での経験を踏むことも多いと思います。
また、全く畑違いのような分野に出向して体験を積んだりすることもあります。
多くの方が、その経験・体験を日々の糧としていると思いますが、中には十分に生かしきれていない方も決して少なくないと思います。
研修なぞは、「どうせ大したことないけど、骨休みに行って来いや」と上司や同僚から言われることなど日常茶飯事ですから、案外研修体験などは忘却の彼方へ放ぽってあるかもしれません。

ところで、人間の行動は必ずしも顕在化した意識のみで司られるわけでなく、自分で自覚できない潜在化の意識にコントロールされることもあります。
こういった自分でもなぜそうしているのか納得できない行動に、過去の体験・経験が作用していることがあるのです。
自身では事前に予見は出来ませんが、行動した結果は自覚出来ます。
この結果系を真摯に受け止めその原因を考えてみること、これはとても人生において効果的です。
自らの行動を棚卸ししてみるということです。
そこから、必ず何かの必然性が見つかるはずです。
それは、あなたの強みにつながっていることが多いはずですから、それをもっと強くするように意識すれば明らかに行動の変化が現れます。
行動に変化が現れれば当然人生における結果も異なってきます。
私居酒屋コーチは、幸いにして様々な経験を棚卸しする機会に恵まれ、自分の強みを発見することができました。
それで今こうして、「パーソナルコーチ」の仕事について結果に結びついているわけです。
また、パーソナルコーチのあなたの棚卸しのお手伝いを通して、あなたの実行を加速します。

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コーチング

2008年3月19日 コーチングで伝統を守る

先日、噂の東京マガジンで、アイスクリームの消費日本一の町が、何と石川県金沢市(世帯あたりの年間支出額8,268円)であると取り上げていました。
理由に、金沢は和菓子の消費も日本一で、甘いものに造詣が深い(目がない)からではないだろうかとのことでした。
確かに、太平洋戦争でも空襲を免れているためか、金沢には伝統的なものがたくさん残っています。
和菓子も加賀百万石の城下町として栄えた時代に発展したものが残っているのでしょう。

しかしながら、現代において伝統的なものを守っていくというのは大変だと思います。
ともかく昨今の変化の速さは、江戸時代以前に基本や基礎が生まれた伝統のものにとって、弊害になることはあってもプラスになりそうもない環境ですから。
現存する伝統的なものは、常に新しいものを取り込んで変化をして生き延びたのであって、ある日突然完成したものが今も残っているというわけではありません。
伝統は常にある目標値を設定し、それをクリアするために様々な手法や手段を用いて進化させてきたのです。
ですから、今のようにドンドン新しいものが生み出されていくと、どれを取り入れてよいのかさえも判断し難くなり、逆に進取の気風が失われかねないと思います。
加えて、伝統的なものは古いものという考え違いをしている世間の風潮も大きな問題だと思われます。
古いものは良いものというステレオタイプな見方は、伝統が生き残るのにとても危険です。
古いものを昔ながらのやり方で守れば良いのだという、守りの姿勢では伝統的なものは決して守れません。
目標やゴールが明確でなければ、人のモチベーション・やる気は生まれてきません。
モチベーションややる気のない人間から生まれるものに魅力など備わるはずがないからです。

心配なのは、江戸時代以前の時間の流れを基本とする継承の仕方では次代を担う人を育て難いということです。
戦前までなら、まだ徒弟制度的な見て真似る式の技術や手法の継承で間に合ったと思いますが、周辺環境の変化が速くなり海外との競争に曝される現代においてはそうはいきません。
これは改めなければなりません。
継承を少しずつでも速める術を取り入れることも伝統を守る一つの解だと思います。
具体的には、名人・師匠や親方と呼ばれる技術や技能の保持者から、効果的に学ぶことです。
名人は寡黙で「男は黙ってサッポロビール」的(古い!)なイメージがありますが、実際は結構話が上手い方が少なくありません。
法隆寺の修理などを手がけた宮大工の西岡常吉氏なども、的を射た実に納得感のある面白い話をされていました。
自分の手がけていることを常に深く深く考えているので、無駄なく表現が出来ていたのだと思います。

つまり、彼らから上手く話を引き出せれば、技術や技能の伝承は進むということです。
一つには訊き方を工夫する必要があるということです。
技ややり方をストレートに教えろという訊き方では駄目です。
伝統を守り伝える名人の技は、非常に微妙な差(違い)の中にあります。
実は、その差を伝えるのが至難なのです。
ですから、その差を伝える言葉を引き出すような訊き方が求められます。
それは、ある事象を一方向でなく多面的に訊くのです。
名人といえども多面的に訊かれて初めて気付くことも少なくないでしょう。
人は常に意識しているとそこから離れることが出来ずに、どうしても同じ面から眺め考えてしまい勝ちだからです。
ですから、名人でも自らの言葉だけでは自分の技を表現し切れず、伝承が思うように進まなくなる状態に陥ると思われます。
例えば、木工関係の伝統について訊く場合、木地や道具についてストレート訊くのではなく、木地を料理やスポーツに例えて応えて貰ったり、道具を風景や歌になぞらえて応えてもらうのです。
そしてその訳を話して貰うのです。
そこには必ず理由があるからです。
その理由が明らかにする過程でそこにヒントが見つかるはずですから。
つまり、一つの事象を名人も思いもつかない面から、幾つも表現をして貰うことにより名人自身の整理も進み、より的確な表現がされるはずです。
そうすれば、伝統の継承の速さが上がり伝統的なものが今以上に生き残っていくはずだと思います。

訊き方を工夫するのはコーチングでも多用します。
コーチングを受ける方が頭の中がモヤモヤとしていては、行動につながらないからです。
そのため、様々な視点から問いかけて応えていただく中で頭の整理をしていただくのです。
頭の中の整理が進めば、行動につながるものですから。


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コーチング

2008年3月8日 Goal of コーチング

コーチングにはゴールがつきものです。
ただ、サッカーやラグビー、バスケットボールなどの得点というより、マラソンなどの距離競技のゴールをイメージした方がわかり易いかもしれません。
ゴールに到達すると競技が終わるようなものを考えてください。
ですから比喩的には、どんな事柄にもゴールはあると言えます。
今3月ですから、3月末も会社にとっては1年間の活動の一つのゴールです。
中期経営計画なら、3年間のゴールかもしれません。
個人の仕事や趣味・人生においても、大きな区切りをゴールとすることも珍しくありません。
そして、私たちはそのゴールを切ることに、通常大きな喜びを感じます。
ただ、ゴールを切っても喜びを感じないこともあります。
漫然と1年間を過ごした場合や、想定していた数値が得られなかった時などです。
前者の場合は、ゴールを切ったことさえ感じないかもしれませんし、数値で考えても芳しい結果ではないと思えます。

コーチングは、ゴールを切る瞬間の喜びを可能な限り大きくするものと考えてください。
そのために、コーチングでは、ゴールについてより具体的にしていく作業が第一歩になります。
ゴールが、
どんなイメージなのか。
どんな気持ちでいたいのか。
その時を数値で表すとどんな値か。
誰と喜びを分かち合いたいか。
どんなお祝いをするのか。
などなどを、様々な局面から多面的に眺め、具体的に決めていきます。
人はゴールが明確であればあるほど、モチベーションが上がります。
つまり、やる気が出てくるものです。
ゴールが見えない(イメージできない)場合は、不安にもなり力も発揮し辛くなります。
山を登り時に頂上が見えていると元気や力が沸いてきますよね(全くの実力不相応の場合は別ですが)。
また、ゴールが見えていないと、道に迷って遠回りをすることもあり得ます。
ゴールが明確であれば効率的ということでもあります。

このようにゴールを明確に具体化することは、日々の暮らしが充実したものになります。
というのは、ゴールに一歩いっぽ近づいていくために、今までと違ったことをしなければいけないからです。
日々のやり方を変えずに結果だけ変わることは通常はあり得ません。
毎日まいにち、一歩いっぽゴールに近づいていくことを実感すればストレスも感じ難いでしょうから、常に充実感に溢れることになるのです。

どうです、ゴールをもっと明確にしてみませんか

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コーチング

2008年2月25日 ロイヤルティとコーチング3

前々回、言葉のキャッチボールを長く続けることが肝要で、長く続けられることが出来るようになれば、顧客のロイヤルティが上げることにつながると書きました。

それでは、具体的にどうすれば、長いキャッチボールを続けられるのでしょう。
つまり、捕り易い球を投げられるかです。
小さい子供と野球のキャッチボールをする時をイメージしてください。
慣れないうちは、「いいかい、投げるよ」と声を掛けると思います。
まず、子供(相手)に今からキャッチボールを始めるよと、心構えをさせるでしょう。
構えさせると緊張してしまう相手もいますから、最初は近くで声をかけてあげることも必要です。
何が始まるか分からないで緊張してしまうことを、極力排除してあげますね。
そうです、顧客とコミュニケーションを始める時も同様に、緊張をほぐしてあげることばを投げかけるのが、捕り易い球を投げることになります。
「天気」「温度」「季節の話題」「TVの話題」「食べ物」「服装」その他ありふれたことについて触れることです。
一つお断りしておきますが、ここでの顧客とのコミュニケーションは、取り引きのある顧客との例で進めていきます(分かり易く、口コミで顧客を増やすのにとても重要なことですから)。
例えば、天気・温度のことに聞かれて答えない顧客は通常はいません。
考えずとも、今現在の状況についてコメントすれば良いのですから。
とても捕り易い球です。
顧客が応えれば、まず球を捕ったということです。
何かことばを発したということですから、球が返ってきたのです。
顧客によっては、虫の居所が悪かったりすると担当営業マンに剛速球や変化球を投げ返してくるかもしれません。
それでも、ともかく目的はキャッチボールを続けることですから、どんな球でも一所懸命捕らなければなりません。
ランニングキャッチやスライディングキャッチを敢行しても捕らなければなりません。
最悪取れなくとも、野球と同じように、懸命に取ろうとする姿は相手の心に何かの変化を与えます。
多くの営業マンは、必死に取ろうとせずに球を見送ったり、逆に顧客に速球や変化球などを投げようとしたりします。
それでは、顧客の思う壺です。
ロイヤルティの高くない顧客は、キャッチボールは続けたくないものですから。
ですから、今度も、また捕り易い球を投げなければなりません。
一番簡単で効果的なのは、顧客の言ったことを「おうむ返し」するのです。
天気の話題で、もし、「良い天気ね、でも明日から雨が降るそうよ」と言われたら、「明日から、雨が降るんですね」と返すのが、おうむ返しです。
雨が降ると言った顧客は、何らかな理由で雨のことが気になっているものです。
人は気になっていることを口にするものですから。
洗濯・お出かけ・買い物・出張色々と気になることがあるものです。
「雨が降るんですね」と言われると、ついつい、「実は明日、ハイキングに出かけようと思っていたの」とか言ってしまいます。
もし、ハイキングと聞き出せたら、ハイキングについての話題を深めたり、広めたりすれば、自ずとキャッチボールは長く続きます。
そして、営業マンにとっては顧客の新たな情報を得ることが出来ます。
ここで重要なのは、おうむ返しには、解釈も判断も付け加えないことです。
「雨が降るんですか」で止めることです。
「雨が降るんですか。厭ですね」程度でしたら、上述したように続くでしょうが、「雨が降るのは、梅雨だから仕方ありませんね」と言ってしまうと、顧客によっては、「(そんなことわかっているわ、梅雨のことを言いたい訳じゃないんだけど)そうね」の一言で、帰って貰おうとするかもしれません。

解釈も判断は、相手の価値観に触れることも少なくないので、避ける方が懸命なのです。
何せ、世の中の戦争・紛争・テロ・殺人等は、価値観をぶつかりによって引き起こされることが殆どなのですから。
顧客との関係を深め、ロイヤルティを上げるために、顧客の価値観を知り尊重することは重要ですが、価値観をぶつけ合うことは必要のないことですから。

まとめますと、言葉のキャッチボールであるコミュニケーションを長く続けるためには、顧客を緊張させないことばである、「顧客の(発した)ことば」を上手く使うことが重要であるということです。
具体的には、解釈・判断の無い「おうむ返し」をすることであるということです。
コミュニケーションは、人間が簡単にできるものですが、実は非常に奥深いものなのです。
プロコーチは聞き上手である必要があります。
それはのんべんだらりと聞いているのではなく、相手の言いたくなるように仕向けた問いかけをするいうことなのです。
コーチ側から、応え易くかつ応えてみたくなりような球を投げなくてはいけないのです。
でも、その球を受け取ってコーチに投げ返していくのは、苦しくもあり楽しくもあるのです。

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コーチング

2008年2月16日 ロイヤルティとコーチング2

デパートのエレベータってどうしてこういう風に、みんな上向きやみんな下向きに揃ってしまうのでしょうか?
1階で乗ろうとして、全てのエレベータが上向きになっているのに遭遇すると本当にがっかりとして不満になります。
ずっと以前はエレベータガールという綺麗な女性が籠毎に乗っていたので、複数台が適当に分散されていて、こんなことはありませんでした。
人件費を削減したいのはよく分かりますが、顧客満足を凄く下げていると思うのですが。
先日、横浜の某デパートの1階には、籠に乗車(乗籠?)をしないで発進をコントロールしている店員さんがいました。
普段から任せるままに無秩序なエレベータに辟易としていた私居酒屋コーチは春の風が吹いたような爽やかに感じを抱きました。
このデパートに対する私の満足度は、ぐっと上がりました。
階段の脇やちょっとした死角に荷物が放りぱなっしになっているような無秩序な状態は、何かあった時に問題が起きるような不安を与えるので、その状態を解消する施策は安心感をもたらしてくれるので満足を感じるのです。
ことかように、”顧客指向””CS”だの言われても、現在の方が必ずしも過去より進歩しているとは言えないことが多いものです。
大昔、デパートに行く有閑マダムは、店員さんにちやほやされるのが嬉しくて朝一番から並んで満足していたそうです。
それが次第にゆっくりいろんな(ブランドの)商品を見比べさせて欲しいという声で店員からはあまり声をかけない方が満足度を高めると言われようになりました。
それが度を越すとまるでスーパーのようだと逆に不満が出てきました。
ということもあり、現在のデパートはブランドコーナーを多くして、スーパーのように広い中から「さぁ選べ!」のような雰囲気を払拭し、自社の店員でないブランドに売り子さんを任せコストと顧客対応力をあげるようにしているようです。
何れにせよ、このようなに、お客さまの声を聞いていくというのは実に難しいものです。
デパートでの対応での問題は、”店員と顧客のコミュニケーション”に障害があると言うことです。
要するに、コミュニケーションの多寡が問題なのです。
適当な量と適切な質のコミュニケーションができていないのです。
ちょっと前段が長くなりましたので、ロイヤルティを高めるコミュニケーションについてご免なさい、次回にさせてください。

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コーチング

2008年2月10日 ロイヤルティとコーチング

「2月は逃げる、3月は去る」とよく言いますが、寒さの底から暖かくなり桜が咲くまでは、何かと気忙しいものです。
この時季は「年度末」「決算期」などの枕詞を付けて売出しが行われます。
私居酒屋コーチがいた自動車業界はその最たるものです。
特に、ここ数年の国内販売はかつて無い低迷(1982年並みの台数)状況ですから、今年は嫌でも力が入っていることでしょう。
若者の自動車離れなど要因は色々ありますが、何れは頭打ちになる国内販売に対して手は打ってきました。
かなり前から各メーカーの商品力や価格差が少なくなり、販売においてお客さまとのつながりが大切であると言われブランド力を高めなければならないと言っているのもその一つです。
トヨタで作ってはいますが、トヨタの呼称は一切出さない「レクサス」の取り組みなどがその代表です。

ブランドとは、お客さま側見ると、そのブランドに対するロイヤルティ(忠誠心)を意味します。
つまり、ブランド力を上げるということは、ロイヤルティを高めることにほかなりません。
忠誠心があれば、そのブランドからほかのブランドにスイッチする確率が下がるからです。
そこで、販売の第一線ではお客さまのロイヤルティを向上させるための取り組みに力を入れています。
ロイヤルティを高める策の一つに、お客さまとの信頼関係を高めることがあります。
そのために、コミュニケーション力の改善が進められています。

コミュニケーションの基本に会話があります。
お客さまと販売側の会話です。
会話は極端に長過ぎるのもいけませんが、ある程度の量は必要です。
会話は「言葉のキャッチボール」ですから、会話を続けるには、販売側からは相手の捕り易い球を投げてやることが肝要です。
しかしながら、現実はまだまだ採り難い難しい球を投げているようです。
例えば、販売の第一線で相手の取り難い球の例としてこんなケースがあります。
「今回発売された新車には、高速旋回時のスタビリティを高めるために○○と言うシステムを導入し、ステアリングコラムに中のセンサーで入力速度を計測し、さらにAペダルの踏み込み量と踏み込み速度を感知し、64ビットの□○※△で演算し、電子制御サーボモータでパワーアシスト量を変化させ、その時の車両のヨーレイトとロール量をやはり角速度センサーで感知し、コンピュータにフィードバックし、エンジンのスロットルコントロールとABSで後輪のブレーキを作動させ、車両を安定方向にもっていきます(文中の内容はデタラメです)。」
などと、言われても専門家ならまだしも一般ユーザにはチンプンカンプンです。
しかし、実際にはここまで複雑ではありませんが、販売側が分かっている言葉を多用されて説明をされることは、少なくありません(医療機関でもそう)。
これは、キャッチボールで、まるで魔走球(古いかなぁ。超変化球)
や手を伸ばしても届かない高〜い球を投げられたようなものです。
もうこれ以上キャッチボールを続ける気には到底なりません。
こんな例もあります。
クルマを使う旦那がいない時に、担当営業マンがやって来て、奥さんに向かって開口一番、
「○○(クルマの名前)の調子は如何ですか?」
誰もが捕れる簡単な球です。
さぁ、あなたならどんな球を投げ返しますか?
「調子良いみたいよ!」と、これ以上つけ込まれないような球を投げ返すでしょう。
一見捕り易すそうですが難しい球です。
キャッチボールはやはり成立しません。
「キャッチボールしましょ?」と言って確認もしないで始めるから、続かない例です。
かように、言葉のキャッチボール、コミュニケーションは決してやさしくありません。
ましてロイヤルティを高めるコミュニケーションは、簡単ではありません。
プロコーチがクライアントのロイヤルティを高めないと機能しないのと通ずるところがあります。
つまり、コーチングのコミュニケーションの基本と同じだということです。
でも、ロイヤルティを高める会話が出来ないことはないのです。
お暇があったら考えてみてください。
次回、もう少し触れてみたいと思います。

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コーチング

2008年1月25日 リーダーシップ

以前1985年に流行った”We are the world”のことで話しをした方が、懐かしくなってYouTubeでビデオを見てたら、久し振りに夫婦の会話が進んでよかったという話をしていました。
そうか、僕の話したことが何処かで役に立つこともあるんだなと、ちょっと嬉しくなりました。
誰しも気付かずに影響力を発揮しているものだとも思いました。

さて、世界同時株安の状況が続いていて、政府のリーダーシップが求められています。
リーダーシップはこういった多くが何をどうしていいか迷ってややもするとパニックに陥りかねない時や、好き勝手の行動し烏合の衆になりそうな時に、誰かが発揮すると効果的な力です。
ですから、その力を大きく発揮したものが本当のリーダーに相応しいのです。
リーダーシップはよく持って生まれた才能のようにいわれることもあります。
確かに、生まれながらにしてリーダーシップを発揮できそうな容姿や声、性格というのはあるでしょう。
背が低く小さな声な方は、体格がよく声の大きな人に比べると、リーダーシップを発揮しそうに見えないことは納得できそうです。
しかし、リーダーシップとは本質的にはどんなものでしょうか?
リーダーシップの定義はある人にいわせると千以上あるともいわれるほど、昔から様々な人が定義づけようとしているほどの興味ある命題です。
どの定義が正しいとか新しいとかここで議論しても意味がありませんのでやりませんが、考え方のひとつを紹介してみます。
それは、「リーダーシップは影響力」という考え方です。
要するに、自分以外の周囲の人間に影響を与え、影響を受けたものがある方向に向かっていけばリーダーシップが発揮されたと考えるのです。
ですから、リーダーシップを発揮しようとするものは、周囲の人間が影響を受けそうな行動をとることが大切なわけです。
筋道を立てて理路整然と話すことが効果的なこともあるでしょうし、腕を振り上げて大きな声で力説することが効果的なこともあるでしょう、はたまた、声など出さずに静かに地道に自らが範を垂れるのが多くに影響を与えることもあります。
その時々の環境によって大きく左右されることも少なくありませんから、過去に上手くいったからといって、今回も上手くいくとも限らないものです。
リーダーシップを発揮する必要のあるものとして心得ておかなければならないのは、自分がどういった影響力を周囲に与えているかを知ろうとする気持ちです。
ただ、周囲にどういった影響を与えているかを自分で正確に把握することはできません。
でも、どういった影響を与えたか相手に聞いてある程度知ることはできます。
つまり、周囲の気持ちを捕らえようとする真摯な態度が、影響力を強めることにつながるのです。
さて、現在の政権や財界なぞは、私たち庶民の声を理解しようとしているのでしょうか?
ノーであれば、我が国は世界でもリーダーシップを発揮することは結局できないことになるのでしょう。

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コーチング

2008年1月14日 2週間経ちましたが…

早いもので、今年2008年の2週間が過ぎました。
「箱根駅伝」でも見に行こうかななんて考えていたのがつい昨日のようなのに。

多くの方が、「今年の抱負」というのを掲げられたと思います。
私居酒屋コーチも、「こんなことを今年一年の抱負としました」と言いたいところなのですが、実はまだ作っていません。
まぁ元々抱負は作るものではなく、湧き出してくるようなものだと思いますので、作るという言い方は相応しくないかもしれません。
頭の中の泉から沁み出している雫みたいなものを掻き集めて言葉にするようなものです。
イメージはあっても言葉にするのが難しいのが抱負だと思っています。

で、何故今年はまだ言葉にしていないのかって?
理由は、その気にならないからです。
昨年末ギリギリになって友人を亡くしたり色々あり、どうにも今年一年を考える気分にならないのです。
この気持ちで、頭の中の抽象さを言葉にしても、どうもバイアスがかかり過ぎてしまうような気がしていけないのです。
端からそんなものを一年間も背負うつもりもしないですよね。
気の乗らないときは無理はしないことです。
無理をすれば何処かでバランスを崩したり壊れたりで、結局上手くいかないことも少なくありませんから。
気楽にとまでは言いませんが、やりたくないときはやらない選択もまた真だと思います。

コーチングも一緒です。
肩に力を入れてウンウンうなって実行したいことを搾り出してもいけません。
リラックスして頭に浮かんでくることを自然体で言葉にすることが肝要です。
そのために私たちコーチがいます。
尻を叩いて、無理やり作り出すのではなく、より多くの雫を染み出させるように優しい刺激を与えていく。
そんな役割を持っているのがコーチなのです。

あれあれ、抱負ができていない言い訳を長々としてしまいました。

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コーチング

2007年12月27日 2007年の漢字

「偽」。
この文字が2007年の「今年の漢字」に選ばれました。
2005年の「愛」、昨年の「命」という優しい笑みの浮かぶ文字に比べ、禍々(まがまが)しい文字が選ばれてしまいました。
昨年から続く耐震偽装に続き、不二家や「白い恋人」「「赤福」、ミートホープ、吉兆等など数え切れない偽装やまやかしが発覚しました。

「ぎ・いつわる・にせ」と読みます。
意味は、「いつわる・だます・にせ・人のしわざ」だそうです。
字の作りは、「人が為す」でから、元々は「人のしわざ」が本来の意味だったのかもしれません。

私たち人間は、様々な行為をします。
マズローの「欲求の5段階」のように、生存に関わる生理的欲求から、自己実現に到るまでの精神的行為まで、人はありとあらゆる行動をします。
その行為は、周囲にあるいは世界や地球にとって貢献することもありますが、場合によっては逆に悪影響を及ぼすことも少なからずあります。
「繁栄」という掛け声の下に、人間という生き物が繁殖し続ける限り自然の生態系は崩れるという矛盾も孕んでいます。
生態系というものは常に変化をしている(崩れる)もので、何をもって自然の生態系というかの疑問はありますが、人間がそれを加速しているかもしれません(それも何を基準とするかですが)。

何れにせよ、私たちの行為そのものは常に「偽」を含んでいるものと認識すべきであることは間違いありません。
先ほど挙げた企業や商品についての偽装は決して不作為とはいえませんが、必ずしも意図して故意にやったとは言い切れないような例もあるようです。
しかし、世の常識や環境の変化、法令・条例などに掲げられた精神を正しく理解してなかった大きな過失があります。
ですから、過去からやり続けていることや新たに始めようと思っていることは、これまで以上に周囲に対する影響を考えていかなければならないのです。
特に気をつけなければならないのは、今まで通りやれば良いという慢心は「偽」を生む素地を持っています。
「伝統だから」という言葉で飾って、進歩を妨げてはいけません。
伝統こそ、常に新しい考えを織り込んで、生き馬の目を抜く競争社会の中で生き残ってきたトップランナーなのですから。
つまり、常に先を見ながら技を研いてきたからこそ今があるのです。
伝統を守ってきた(守は相応しいいい方ではないかも)ように、自分・自分たちが何をしているのか・しようとしているのか(人のしわざ)を、真摯にみつめ自分の立ち位置を確かめ続けることこそ、「偽」から離れられることにほかならないのです。

自分をみつめることは決して容易ではありません。
己をみつめ「偽」の少ない人生を送るための手助けをする「パーソナルコーチ」の役割は更に大きくなっているとつくづく感じる今日この頃です。

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コーチング

2007年12月1日 ♪もう探さない♪

「♪海の彼方には もう探さない
 輝くものは いつもここに
 わたしのなかに
 見つけられたから ♪」

ご存知、名画「千と千尋の神隠し」のエンドテーマ「いつも何度でも」(作詞:覚和歌子)の最後のフレーズです。
この映画のモチーフは結構難しいと言われますが(「もののけ姫」よりは分かり易そう?)、ヒロインである「千尋」が成長していくことがその一つであるのは間違いありません。
「ハク」等の手助けはありますが、結局は自分の力を信じ行動して解決していくところに醍醐味があり共感するところでした。
要するに、「答え」を一所懸命探して様々な努力をしますが、結局は自分を自覚することで自分の中から解決策を見出したのです。
映画の中では、本当の自分の名前を取り戻すことがキーになっていました(「ハク」は琥珀川「千」は千尋。ちなみに、この考え方はル・グインの「ゲド(戦記)」の名前の力と同じテーマ))。
「メーテルリンク」の「青い鳥」と同じ主題です。

このように誰しも「答え」は自分で持っているものなのです。
それを信じて引き出そうとするのも自分だし、自分以外のほかに求めようとするのも自分(カオナシはこれかな?)なのです。
例え、自分以外に「答え」があると信じて捜し求めて手に入れたとしても、結局その見つけだしたものを「答え」と自分が選択することで、「答え」になるのです。
つまり、選択するという行為が残されている限り、やはり「答え」は自分が持っていたともいえます(V・フランクルは人間は何時いかなる環境におかれても選択できるといっています。ナチの収容所でさえも)。
「選択する」基準や判断の根拠は、自分が持っているものにほかならないのです。
この基準なども、自分が選択して身につけたものですから、やっぱり答えを導いたのは自分なのです。

「答え」は自分の中にあると常に信じていくことは、決して楽ではありません。
それでも、「答え」は結局自分の中にあると信じていれば、人は必ず「答え」を見つけられるのです。
だって、人生における「答え」は決して一つでなく、正解もないのですから。

「♪輝くものは
 いつもここに わたしのなかに
 みつけられたから♪」

忘れないようにしたいものです。

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コーチング

2007年11月20日 コーチングと3つ星

ミシュランガイド東京版のレストランが発表されました。
 そのために旅行する価値がある卓越した料理
 遠回りしてでも訪れる価値がある素晴らしい料理
 そのカテゴリーで特に美味しい料理
という定義だそうです。
ちなみに、私居酒屋コーチは1つ星のお店の支店に行ったことがありました(飽くまでも支店ですよ)。
自慢じゃありませんが、3つ星の8店については名前さえも知りませんでした。

さて、この3つ星のレストランは定義の通り、その店に行って食事をすることが旅の目的になるくらいの価値があるとミシュラン(といってもビバンダム君ではない)が認めているわけです。
ですから、そのお店は掛替えのない存在なのです。
もちろん、その存在価値を得るにはそれなりの努力と才能があったからだと思います。

ところで、
「道を極める」のに必要な例えとして、「守破離」ということばが使われます。
中世の役者「世阿弥」の書き記した「花伝書」のことばといわれています。
「守」は、流派の流儀・しきたり・様式等を教えられた通り忠実に実践することです。
すなわち、「習う」ことです。
「破」は、字のごとく「守」で会得したものに工夫を加えることです。
つまり、効果を上げるために、何か加えてみたりあるいは何かを削ってみたりすることです。
いわば、トライ&エラーの状況に身をおくことになるのでしょう。
最後は「離」、離れてみることです。
「守」「破」の段階では、その流派にとっぷりと浸かった立場で努力をしているに過ぎません。
本来の目的を究めるために、そこから離れ遠くから客観的に見つめ直し、さらに効果を上げるためにすべきことを探すことです。
恐らく、スタート時点に立ち返って無駄なものを削ぎ落としていくことになるのでしょう。
例えは正しくないかもしれませんが、お汁粉を作る際に砂糖だけでなく塩を少々加え甘さを引き立てます。
しかし、本当に塩が適切かどうかを考え、別の解を探し求める。
これが、「破」だと思います。
「離」になると、本当の甘さとはどういったものかを見極め(甘さが食べる人にどんな効用を与えるのかとか)、そのために何をするかを、原点に立ち返って考え抜き答えをみつけることだと思います。

3つ星を得た8店は、この「離」のレベルを極めた名店なのだと思います。

私たち凡人にとって、とっぷりと浸かった環境から離れて自分のことを客観視することはなかなか難しいことで、「離」のレベルが遠く感じられます。
しかしながら、他人の手を借りることによって、第3者的に客観視することができます。
というのは、自分でない他の人は自分の視点以外から世の中を見ているからです。
その見方に賛同するとか反対するとかではなく、違った視点が現実にありその視点を元にして生活している自分以外の人間がいるということを認めて、その視点に立って自分を見てみるのです。
ついつい私たちは、自分以外の人間の意見に解釈(好き嫌い・正誤など)をしてしまい、その人の色メガネをかけてみることは難しいのものです。
というのは、自分以外の相手は必ずしも自分(私)のことを思って発言をしているわけではありませんから、視点を変える行為には結びつかないのです。
それでも、「離」を意識していれば、自分を客観視するきっかけを得ることができるはずです。
さらに上を目指す方は意識してみてください(もちろん、こう書いてる私にも言ってます)。

ちなみにパーソナルコーチは、自分から離れ自分を客観視するお手伝いをします。
コーチは、コーチングを受ける方の行動を促し実行を加速させるよう努力しているからです。
是非、コーチングを活用してみてください。

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コーチング

2007年11月6日 コーチングで磨く

2007年の残りが2ヶ月弱になってきました。
今年の抱負を達成するのは十分の時間でしょうか?それとも?

中には就職先が内定していないとか、新卒が確保できていないとかで焦っている方々もいらっしゃるでしょう。
今年はバブルの時期を上回るほどの、卒業予定者が引き手あまたの売り手市場だそうです。多くの会社で、余剰人員といって人を切ったつけとベビーブーマーの大量退職が重なったからでしょう。
どんな会社も優秀な人材を採りたいと願っています。
そのために、色んな手を尽くしたり費用を使ったりしている会社もあるようです。
しかし、そうやって優秀な人材を採用しているにも関わらず、多くの会社で優秀な人材が足りないと嘆いています。
ところで、優秀な人材の「優秀」とは一体何でしょうか?
「常識がある」「協調性が高い」「知識がある」「成績が優秀」「有名校を卒業している」「光るものが感じられる」等々、優秀と言う言葉を言い換えてみると、両手両足の指を使ってもまだ足りないでしょう。
それでは、「常識」とは何でしょうか?
「協調性」とは何でしょうか?
「知識」とは何でしょうか?
「成績」とは?「有名校」とは?「光るもの」とは、一体何でしょうか?
これらの言葉を、また、ほかの言葉で言い換えることが出来ます。
そして、その言葉も、また、言い換えることが可能でしょう。
こんなことを、何度繰り返しても無駄な行為であることが分かります。
みなさんは、そんなことをしていませんか?
あるいは、そのスパイラルに落ち込んで抜け出せなくなっていませんか?
「7つの習慣」の著者、S・R・コヴィー博士が、「(会社では)従業員は人件費と言う経費とみなされ、資産(財産)と言えば機械だった」と言っているように、人が大切な資産であることに口を挟む方はいらっしゃらないでしょう。
「人」は確かに「人財」です、財産です。
でも、「材」であるのも間違いないと思います。
「材」は「材料の材」です。
昔から、「玉磨かざれば光なし」「玉磨かざれば器とならず」と言います。
これは、もちろん人のことを指しています。
私居酒屋コーチは、「人」は誰しもが「玉」だと信じています。
恐らく、みなさんを含め多くの方もそう思っていらっしゃるでしょう。
そうであれば、あとは、「磨く」だけです。
ダイヤモンドでも、「ブリリアンカット」や「ファンシーカット」など磨き方によって、その石の性格付けが変わってきます。
「人」はもっとデリケートですから、磨き方は、恐らく「人」の数ほどあるはずです。
それでは、実際はどうでしょう?
深い意味のない、「優秀」と言う言葉に固執して、「磨く」ことを怠っていませんか?
あるいは、風紋のように自然に任せるなんてことをしていませんか?

「コーチング」は、「人」を磨くツールです。
そして同時に「自分を磨く」ツールです。
玉を素晴らしく磨き上げる方(極めた人)はその人自身が光っていますよね。
どちらが先なんて気にせず、コーチングに接してみましょう。
コーチングで磨けば、必ず光り始めるはずです。
磨かなければ光りませんよ。

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コーチング

2007年11月1日 コーチングと質問

先日、元防衛次官の証人喚問がありました。
疑惑について、証人から何らかの回答を引き出すため、国会議員は質問を繰り出しました。
「あなたは●●さんですね?」「何時行った?」「何処でやった?」「誰と?」「何を話した?」「何故?」「どんな状況で?」「幾ら払った?」などなど。
証人がすらすらと答える時と口ごもる仕種の時とがありました。
スラスラと答えるのも何か訝しく感じましたが、なかなか答えない態度も憎らしくも思いました。

世の中では、証人喚問同様に様々な質問が繰り返されて会話が進むことが少なくありません。
この質問に関しては、5W1H(ビジネス界では、how-muchが入って5W2Hとも)という言葉がよく使われます。
「何時When」「何処でWhere」「誰がWho」「何をWhat」「どうしてWhy」「どのようにHow」と聞いていけば、漏れがなく核心にふれることができます。
実はもう一つ、「はいyes」「いいえno」で答えてもらう質問の仕方があります。
私たちは何気なくこれらの質問をしながら会話をしています。

コーチングでは、この質問が大きな要素を占めます。
質問の仕方次第でコーチングが効果的かどうかが決まってしまうと言っても過言ではありません。
そのポイントは「質問をする」のであって「詰問」をしないということです。
国会での証人喚問の質問は実は詰問で、文字通り「問い詰めて、真実を語らせる」ために、「何故・どうして?」と問い詰めました。
コーチングでは、相手のこれからの行動を促すために実施するのですから、必ずしも真実(多くは過去)を語ってもらう必要はないのです。
ですから、「何故Why」はできるだけ省き、「4W2H」の質問を基本とします。
また、訊き方も「何処ですか?」とストレートではありません。
ストレートに訊くと、「どこどこです」と一言で答えが終わるような流れになり、結局詰問になっていきがちです。
「はい・いいえ」や「一言」で答えが終わるような訊き方(「特定質問」とか「クローズドクエスチョン」という)の多用は、応える人を緊張させ追い込まれるような気分にさせます。
精神的に追い込まれると人間も猫を噛むネズミのように突飛な行動に走ってしまいますので、効果的とは言えません。
コーチングは行動の変革を引き出すものですから、もっと自由に話してもらい気分が高揚するような訊き方をします。
それを「拡大質問」とか「オープンクエスチョン」といいます。
例えば、「それはどんなところですか?」とやや遠回しに訊くようにします。
こう訊かれると人は、特定な場所で答えるのかそれともイメージで伝えるのかを、右脳も使い想像を働かせますので、様々な考えが頭を巡り今までに思いつかなかったような答えが湧き上がってきます。
これがブレークスルーです。
ブレークスルーから生まれたことを実行に移せれば、自ずと結果は違ってきます。
今までと異なった結果が生むことは、人生にとってとても刺激的なことですよね。
行動を変え結果を生むコーチングの真骨頂は質問にあるのです。

どうですか、あなたは詰問でなく質問をしていますか?

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コーチング

2007年10月27日 トップこそコーチングを

昨今、創業者や創業者一族の謝罪会見が頻発しています。
「赤福」「石屋製菓」「ミートホープ」「NOVA」「パロマ」「不二家」などなど、まだ増えそうな雰囲気です。

これら企業の多くのトップは、「天皇」「神」などと呼ばれ社員に恐れられて、カリスマ的に振舞っていました。
要するに、優れた?経営トップとして誰にも意見を聞かず自分が良かれと思ったことをし続けました。
そして、その付け?として社内での軋轢が発生し内部告発に遭い、恰も敗者の如く謝罪会見に臨んでいます。

元来トップという立場は非常に孤独なものです。
基本的に相談する相手は誰もいないのですから、自らの信念と勇気で判断・決断をしなければならないのです。
しかしながら、相談することはできなくとも周囲の意見を聴くことはできます。
「聴く」という字の元々は、「聽く」で、「王の耳で、十四の心を一つにして」と言われたりします。
つまり、王様が聞くことを聴くといっているのです。
位や地位か高くなればなるほど聴かなければならないのです。
ところが、往々にして私たちは、年齢を重ねたり地位が上がったりすると、聴くことが少なくなってしまい勝ちです。
トップ同様、責任が重くなればなるほど相談できる人が少なくなり、自分一人で判断・決断しなければならなず、聴いている(心の)余裕がなくなってくるのです。
企業や多くの組織は、未来永劫存続しなければならない使命を持っていますから、上の立場になればなるほど実は次の世代を育てていくことが大きな責務となります。
それには、次の世代つまり部下に、「権限委譲」をしていかなければなりません。
そのために部下の話をよく聴いて納得し信頼して権限を与えることが必要です。
部下の話を聴かずに、指示・命令のみを出し続けるのでは、指示・命令ばかりする部下を拡大再生産するだけです。
これでは、次世代は育たないのです。
次世代が育たなければ、何時までも経ってもトップや上層部は、独善的に判断・決断を下していかなければなりません。
しかし、人間は徐々に適応力が落ちていくものですから、企業や組織を取り巻く環境の変化についていけなくなります。
そうなった時の結果は推して知るべしです。
最初に記した企業もその代表例です。
中には、存続も不可能になった会社もあります。

トップや上司は聴かなければなりません。
そのために聴いて貰える相手を作るべきです。
その一つとして、「ビジネスコーチ」「パーソナルコーチ」という「コーチ」をつけるという方法があります。
コーチは、背中を押す立場であっても、アドバイスや解答を示す相談相手ではありません。
飽くまでも独善的になりがちな心をコーチングによって解き放ち、今以上に顧客や従業員等のステークホルダー(全ての利害関係者)の立場で判断や決断ができるように促していきます。
コーチングから導き出される実行・行動には、必ず聴くという行為が含まれてきます。
トップや上司に顧客や従業員から聴く習慣ができてくると、自ずと次の世代を担う部下も聴く習慣が身についていきます。
聴くというのは「コミュニケーション」ですから、コミュニケーションの活発な風土ができていきます。
コミュニケーションの活発な企業・組織がどういう状態になるかは、誰もがわかっていることです。
予断かもしれませんが、コーチは寄り添って力を貸すことはしますが、決して前に出るようなことはしません。
ですから、コーチングを受ける方の行動や行為は変わりますが、人格や性格が変わるものではありません。
行動・行為は、心によって支配されるものですが、変えることはできるのです。
ただ、その結果としての周囲の反響から影響を受け、心(人格・性格)が変わることはまれではありません。

私たちはコミュニケーションの必要はわかっていながら、周囲の変化に合わせる忙しさから、コミュニケーションの質を落としたり蔑ろにする傾向が強くなってきました。
そんなことを感じた時に、是非コーチングに接して(コーチングを書物等で勉強してみることも)いただきたいと思います。

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コーチング

2007年10月18日 会話にコーチングスキルを

10月は、旧暦では「神無月」と呼ばれています。
ちなみに、今年の旧暦での神無月は11月10日からだそうです。
10月が「神無月」といわれるのは、全国八百万の神さまが山陰「出雲大社」に出張して、神社に神さまがいなくなってしまうからです。
ですから、「出雲国」では、旧暦10月を「神在月」と呼ばれます。
ところで、神さまは何のために出張するのでしょうか?
理由は諸説あるようですが、何らかのコミュニケーションをすることには間違いないと思います。

さて、八百万神のコミュニケーションのやり方は知りませんが、私たち人間のコミュニケーションの一つに会話があります。
会話は日常でごくごく普通に行われています。
ところが、案外上手く続かないのもこの会話です。
会話は言葉のキャッチボールといわれます。
ですから、言葉というボールを受け取って初めて投げられます。
が、往々にしてボールが1つでないことがあります。
ボールがたくさんあったらキャッチボールは続きません。
誰しも話したいこと・聞いてもらいたいことが一杯あるので、ついつい勝手にボールを増やしてしまうのです。
でも、結局キャッチボールにならないので、言いたいことを言えずに終わってしまいます。
こんなことで、会話が中々思うように続きません。

会話というキャッチボールを続けるために、こんなことを注意しましょう。
1つ目、ボールは一つにするということ。
つまり、自分以外の方が話している時は話さないということです。
北米ネイティブアメリカン(インディアン)は、「トーキングスティック」という棒を持っていないと話せないという、素晴らしいルールを持っていたそうです(昔人の知恵は活かすべきなのですが…)。
2つ目、飛んできたボールを捕る努力をすること。
捕りにくい球であろうと変なところに飛んで来た球であろうと、一所懸命に捕ろうとすることです。
3つ目、投げる相手に対し、できるだけ捕りやすい球を投げてやることです。
例え、捕りにくい球が飛んで来ようともです(やり返さないことです。大人なんですから)。

キーポイントは、2つ目にあります。
私たちは往々にして球を捕ろうとせずに、次にどんな球を投げようか考えてしまうのです。
ですから、上の空で聞いていて、何をどう話そうか頭の中で自分と会話をしてしまいます。
つまり、相手から見ると反応がないので、自分の投げた球を受け取ってくれているのだろうか?ひょっとして捕りにくい球を投げているのではと思い不安になり、更にくどく話し続けてしまいます。
そうなると、一向にキャッチボールが続かず、会話が詰まらなくなってしまいます。

そのために、聞いてるよとサインを送ってあげるのです。
「なるほど…」「そうなんだぁ…」などと声に出すのです。
ただ、気をつけたいのは、「違うよッ!」「いやッ!」「でも!」等の、相手の発言を否定する言葉を口にしないことです。
これが、「聞いているよサイン」です
サインを受け取った相手は、「聞いてくれてるんだ・分かってくれてるんだ」と安心ができます。
実は、これはコーチングのスキルの一つなのです。
コーチングは、会話(コミュニケーション)を通して、悩みや問題を解決するものなので、会話を楽しく続けるのは大変重要だからです。

人は聞いてくれたと思ったら、今度は聞いてあげたくなるもの。
そうやって、聞いてあげて、話して、また聞いてあげる。
言葉のキャッチボールが楽しくなります。
楽しいキャッチボールは、ずっと続けたいものです。
そして、またやりたくなるものです。

さぁ、今から聞いてるよとサインを送ってあげましょう。

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コーチング

2007年10月12日 「解釈」

画像のペットボトルを見て、あなたはどう思いますか?
 ↓

 ↓

 ↓

 ↓

 ↓
人によっては、「もう、半分しか残っていない」と思ったかもしれません。
また、「まだ、半分も残っている」と思った方もいると思います。
一般的に良く、前者の答え方を、「ネガティブ・後ろ向き・マイナス思考」と言うような言い方をします。
そして後者を、「ポジティブ・前向き・プラス思考」などと言ったりします。
ある意味、分かり易い表現なので多くの方の賛同を得られ易い「言い方」です。
しかし、この言い方(解釈)も、「ことばのキャッチボール」であるコミュニケーションを長く続けるためには障害になります。
( )付きで書きましたが、「解釈」が入っているからです。
事実は、「500ml入るペットボトルに、中身が1/2入っている」ということです。
これに、形容詞等の修飾語を加えたり言葉を代えたりすれば解釈になります。
「もう」「まだ」「しか」「も」等を付け加えることです。
こういった言葉を使うかどうかは、その言葉を発した人の価値観・人生観等に大きく左右されます。
例えば、普段から好き嫌いの多い人が、「まだ、半分も残っている」と言っているとなると、この場合周囲の人の捕らえ方は決してプラス思考とはなりません。
また、恣意的に「もう」「まだ」という言葉を使って、自分にとって得になるような結論に導きだそうという悪意を働こうという人も少なからずいると思います。
「もう、これしかありませんから追加をお願いします」みたいに。
人は動物なので、自らを守る(広義でも狭義でも)という本能から逃げることはできないので、自分に損にならないような嘘(解釈)をつくことも仕方ないと思います。
ですから、コミュニケーションにおいても、己を守るための発言・行動をとるのは当然です。
しかし、広義の意味での自分を守る目的(例えば、人間という種を維持するためや、安心で安寧や生活を送るために周囲とのバランスを得るとか)で、コミュニケーションを続けようと願うのであれば、「解釈」のことばを使うのを避けてみるのが好ましいと考えるます。
誤解を招くといけないのですが、解釈をするなと言っているのではありません。
コミュニケーションを続けていく中で、解釈が求められる、つまり、自分の意思や意見を求められるタイミングは必ずやってきます。
その時に、自分の意思や意見を伝えることがコミュニケーションを続ける上で重要だということなのです。
つまり、求められていない時に、解釈を多用すべきではないのです。
でも、自分が「解釈」を話しているかいないかを常に意識していないと、いざとなった時にコントロール出来ませんので、普段から解釈を避けることが必要なのです。
どうです?意識してみませんか今日から。

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コーチング

2007年10月4日 パーソナルコーチングと「社会の鏡」

久し振りに秋空が戻ってきました。
まだちょっと暑いですけど。
前回は、食べ物が美味しくなると書きましたが、温泉(風呂)を楽しめる時季もやってきました。

温泉にいくと、やっぱり気になるのが幾つかあります。
露天風呂からの景色とか、泉質、効能、温度(熱いとのぼせるので)、休憩室の快適度などでしょうか。
あと、私「居酒屋コーチ」は、20世紀末に携帯電話屋としてサービスエリアの拡大・改善にあくせく働いていたので、携帯が入るかどうかを気にします。
温泉の場合、「圏外」の文字が表示されることを期待したりします。
やっぱり、鄙びた温泉って好いですもんね。
そうそう、効能については関節痛に効くなんて書かれてあると嬉しいです(膝が良くないもので)。
ところで、温泉や銭湯に行くと、大体大きな鏡があります。
あの鏡に自らのバディを写してみることも多いと思います。
見て惚れ惚れとする方・ため息をつかれる方・よぉーし痩せるぞ!と意欲の沸く方・いろいろいらっしゃると思います。
私たちは、少なくとも「鏡」を1枚は使わないと自分の全身を見ることは出来ません(肉眼では、顔は鼻先くらいしか見えないし、背中は殆ど見られない)。
こと左様に、私たちの性格・感情等の内面にあるものも自分だけではすべてを見ることは出来ません。
つまり、自分を見つめようとするには、ある種の「鏡」を必要とします。
これを「社会の鏡」と呼びましょう。
「社会の鏡」とは、自分以外の誰かからのフィードバック(陰口・噂も含む)のことです。
「あなたは何時も○○だ」
「なぜ、おまえは△△しているんだ」
「本当に、良く××するね」
このようなフィードバックの言葉は、往々にして発言する方の思い込みや偏見に因っていることが少なくありません。
つまり、「社会の鏡」は歪んでいることが少なくないのです。
「社会の鏡」を見ることは必要ですが、ある「社会の鏡」だけを見て(聞いて)、「自分はこう言う人間」なんだと自己認識することは、実は非常に危ういことです。
歪んでいる可能性が大きいからです。
しかし、自分のことは自分だけでは見ることは出来ないので、(社会の)鏡が無ければ正しい姿も見ることが出来ません。
だから、「社会の鏡」を正しく見る能力を持つことが必要です。
これを手助けするのが、パーソナルコーチング「居酒屋コーチング」です。
歪んでいる(かもしれない)「社会の鏡」に写る像からどうやって正しい姿を見出す力を引き出します。
是非、積極的にパーソナルコーチングを活用していただきたいと思います。
<参考文献:S・R・コヴィー著「7つの習慣」第1の習慣・主体性を発揮する>

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コーチング

2007年9月27日 コーチ・コーチング・パーソナルコーチという言葉

いよいよ秋らしくなってきました。
夜は少し早くなりますけど、食べ物が美味しくなるので、それもよしとしましょう。

さて、このページやサイトで、「コーチ」「コーチング」「パーソナルコーチ」などと使っていますが、この「コーチ」とはそもそも何でしょう?
英語のスペルで、”coach”と書きます。
これの変化形や他の名詞・形容詞を付加した言葉が前述の言葉です。
コーチと聞いて、貴方はどんなことをイメージするでしょうか?
野球のコーチやサッカーのコーチを、あるいはブランド品のCOACHなどが頭に浮かびましたか。

それでは、コーチの役割は何でしょう?
「教える」「指導する」「監督する」こんなところでしょうか。
やや上位から下位へ伝授・命令するような雰囲気が漂います。
少しわき道に逸れますが、歴史から振り返って考えてみます。”coach”の語源は、中世ハンガリーの町”Kocs”で作られた「(馬)2頭立ての馬車」がドイツ語で”Kotsche”と呼ばれたことから発しています(画像は一頭立てでご免なさい)。
この2頭立ての馬車を御する御者の教育も、馬車の販売といっしょに実施したことから、「教える」「指導する」ことを”コーチする”と言うようになったそうです。
また、馬車が近代・現代になり、2ドアクーペ型自動車(屋根はレザートップ)やバスをコーチと呼ぶようになりました(自動車製造所をコーチビルダーと言ったりします)。
ちなみに、ブランドのコーチは野球のグラブ皮で皮革製バッグを作り始めたとのことですから、御者の手袋(当然皮革製)から来ているのでしょうか???
と言うことで、コーチは「教える」「指導する」「それをさせる人=監督」と言う意味につながります。

元々、御者には一頭一頭体格・体力や性格の異なる馬を御して、馬車を快適(時には疾く)に走らせる役割があります。
その為に、馬一頭毎の固有の能力・性格を見極め、馬が十分な力を出し切れるようにしなければなりません。
人間ならば、金銭や力関係で上下関係である程度は従わせることは可能ですが、獣である馬はそう易々とは行きません。
つまり、御者と馬はコミュニケーションをとり合いお互いを理解し合って、一心同体(人馬一体?)になることが求められのです。
一方的に指示・命令で馬を動かすではないのです。
ここに、”Coach”と”Teach”の違いがあります。
日本では、その2語は殆ど同義に使われることが多く、かつ上から下へというイメージが強いのですが、本来”Coach”と”Teach”は全く違うのです。
スポーツ界のコーチが、担当する選手をコーチの思うように育成しよう(作りあげよう)として失敗し、選手生命自体を失わせるようなことが少なくありません。
元々高い能力を持った選手の特性を考慮しないで否定して、”teach”しようとして失敗する事例です。
コーチは、選手と同じレベルの立場から、選手の持っている能力をより引き出すように、コミュニケーションを通して支援しなければなりません。
そのため、常に客観的視点やコーチされる側での観察は怠りません。
つまり、常に冷静に選手の状態を事実として選手に伝え、訓練や実行の方向性を失わないようにしていきます。

ですから、コーチはスポーツの世界だけでなく、ビジネスや人生に関わる世界でも通用するのです。
ビジネスを主な対象とするビジネスコーチ(ビジネスコーチング)、人生や生き方を対象とするパーソナルコーチ(パーソナルコーチング)、少し範囲を狭めればダイエットコーチング・クッキングコーチング等、その対象は広範な分野にわたるのです。
あなたも是非体験してみませんか。

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コーチング

2007年9月24日 コーチングと日本酒の美味さ

日本酒呑みには、気になる風景です。
この稲から日本酒が作られると考えるからです。
さて、日本酒の味に、どうして美味しいものとそうでないものがあるのでしょうか?
米が違う!水が違う!杜氏が違う!気候が違う!ほかいろいろあるでしょうが、今日はパーソナルコーチの私「居酒屋コーチ」がコーチング的に考えてみたいと思います。
どこの酒蔵も、どの杜氏も美味しい酒を造ろうと苦労して、良い米を仕入れたり醸造設備に投資したりしていると思います。
それなのに、例え同じ地域でも美味しいお酒とそうでないお酒(あるいは、甘い酒と辛い酒)が生まれます。
杜氏の力量にその差にあるかもしれません。
それでは、そもそも「力量」とは何でしょうか?
「力量」とは、技術/技能と技量の両方が備わったものと言えるでしょう。
技術/技能は、書物その他で学んで手に入れることが可能です。
技量は「量」と言う文字が付くくらいですから、技量とはある程度の経験を積む時間を要する技術/技能の習熟度合いです。
居酒屋コーチは、その技量の習熟の差が日本酒の味の差に出てくるものだと考えます。
技術/技能の習熟の度合いが深い技量の高い杜氏が美味しいお酒を生み出すのだと思います。
それでは、どうして技量の差が出てくるのでしょうか?
居酒屋コーチはこう考えます。 技量の高い杜氏は、コーチング能力が高い方だと。
もちろん、コーチングでチームワーク良く酒を造るためにコーチング技法を使っているということもあるでしょう。
ここでは、そうではなく、米や水や気候などの材料からどんな酒になりたいかを聞き出す能力と考えます。
当然、米や水などの酒の材料がものを言う訳がありません。
要するに、米の大きさ・色・艶・形・保水量など、水の温度・透明度などを良〜く見ていると、材料が訴えかけてくるようにヒシヒシと杜氏が感じることが出来るかどうかです。
もちろんそれは、杜氏自身の内面の訴えであることは当然です。 杜氏自身の現在持っている力量で目の前にある材料から生まれ出てくる酒をイメージを言葉で聞く(感じ)ことです。
これがコーチング能力です。
実は、コーチングにおける最大の成果は、自身から引き出すことがなのです。
酒を造るのは、杜氏本人ですから杜氏の力量を超える酒を生み出すことは出来ません。
しかし、杜氏の持っている力量を100%引き出すことは出来るはずです。
自身の内面の声を聞きだし言葉にし、それに素直に杜氏の力を発揮する、これが技能の習熟を高め続けるものだと思います。
良い米や水を揃えた!良い設備を準備した!酒造りの技術を学んだ!経験も積んだ!これだけでは、本当に美味しい酒は造れません。
本当に自分が造りたい酒の姿と言うゴールが見えていなければ、何かの外乱があれば目指したゴールの姿にはたどり着かないからです。
当たり前のことですが、外乱がない世の中は存在しません。
杜氏の100%の力量を発揮し続けようと言う努力は、どんどん技量を高めていきます。
自身の声をモノ(ここでは酒の材料)を通して聞く!これがコーチングの極意かもしれません。

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